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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)597号 判決 1974年4月04日

原告

白井俊美

ほか三名

被告

木下龍郎

ほか二名

主文

一  被告らは各自、原告白井俊美に対し金五、一七二、四八三円、およびうち金五、〇七二、四八三円に対する昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告白井佐枝、同白井広之に対し各金四、八六八、二八三円、および各うち金四、七六八、二八三円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告白井菊枝に対し金五五〇、〇〇〇円、およびうち金五〇〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告俊美に対し七、三八三、八二五円、およびうち七、二八三、八二五円に対する昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告佐枝、同広之に対し各五、八五四、四七五円、および各うち五、七五四、四七五円に対する前同様の金員、原告菊枝に対し一、〇五〇、〇〇〇円、およびうち一、〇〇〇、〇〇〇円に対する前同様の金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告前田秀義、同株式会社仲川タイル)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四六年一〇月二四日午後一〇時頃

(二) 場所 大阪市西成区長橋通九丁目大阪府道高速大阪堺線(通称阪神高速道路大阪堺線)堺下三・六キロポスト先道路上

(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(六大阪む二二一二号)

右運転者 被告木下

(四) 被害者 白井泰一郎

(五) 態様 被害者(以下亡泰一郎という。)が、右道路左側非常駐車帯において、その運転車両を停車させて修理中、加害車が衝突し、亡泰一郎は即死した。

2  責任原因

(一) 被告木下

被告木下は、酒酔運転、前方不注視の過失により、本件事故を発生させた。(民法七〇九条)

(二) 被告前田

被告前田は、被告株式会社仲川タイル代表者代表取締役仲川伊佐雄の甥で、かつ同会社の従業員であつたので、同会社の許可を得て加害車を日常社用および私用に使用して、同車に対し運行支配、運行利益を有していたものであるところ、本件事故の直前、加害車を運転して被告木下方に来たが、飲酒すれば自動車の運転が困難になることを熟知しながら、被告木下らと多量に飲酒したうえ、加害車を被告木下に貸与し、自らも加害車に同乗し、被告木下に指示して加害車を運転せしめた結果、本件事故を惹起したものであるから、自賠法三条の保有者責任、また、被告木下の不法運転を幇助した点で共同不法行為責任を免れない。(自賠法三条、民法七一九条)

(三) 被告株式会社仲川タイル

被告株式会社仲川タイル(以下被告会社という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供し、また自己の事業のために被告前田を使用し、同人が被告木下に指示して被告会社の業務の執行として加害車を運転せしめていたところ、前記過失により本件事故を発生させた。(自賠法三条、民法七一五条)

3  損害

(一) 亡泰一郎の逸失利益とその相続

亡泰一郎の逸失利益の現価は左記のとおりであり、同人の妻子で、同人の相続人の全部である原告俊美(妻)、同佐枝、同広之(子)が各五、五八五、五四一円宛相続した。

(1) 賃金平均月額 八五、八〇四円

一時金年額 一八〇、〇〇〇円

(2) 生活費月額 二五、〇〇〇円

(3) 死亡時年令 三二才

(4) 就労可能年数 三一年

(5) ホフマン式計算による結果 一六、七五六、六二五円

(二) 原告俊美の負担した費用

(1) 治療費 五四、二〇〇円

(2) 葬儀費用 四七二、〇一五円

(3) 雑費 三、一二五円

(三) 慰藉料

原告俊美 三、〇〇〇、〇〇〇円

原告佐枝、同広之 各二、〇〇〇、〇〇〇円

原告菊枝(亡泰一郎の母) 一、〇〇〇、〇〇〇円

(四) 弁護士費用

原告俊美、同佐枝、同広之 各一〇〇、〇〇〇円

原告菊枝 五〇、〇〇〇円

4  損害の填補

原告俊美、同佐枝、同広之は、自賠責保険から五、〇五三、二〇〇円、被告らから四四〇、〇〇〇円、合計五、四九三、二〇〇円の支払を受け、各一、八三一、〇六六円宛右原告らの前記損害に充当した。

5  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し、請求の趣旨記載の金員、および弁護士費用を除く部分に対する本件事故後である昭和四七年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告木下

請求原因1の事実は認める。2、(一)の事実は争う。

2  被告前田

請求原因1の事実中、(一)ないし(四)の事実は認めるか、(五)の事実は争う。2、(二)の事実は否認し、3の事実は不知、4の事実は認める。

3  被告会社

請求原因1の事実は認める。2、(三)の事実中、被告会社が加害車を所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。3、4の事実は知らない。

三  被告らの主張

1  被告木下

本件事故は、加害車の助手席に同乗していた被告前田が、事故直前加害車の左前方に亡泰一郎の人影を見ながら、被告木下において運転中の加害車のハンドルを左に切つたため発生したものである。

2  被告前田

被告前田は、被告会社の単なる従業員であり、運転免許を取得してから間がなかつたので、時たま被告会社の責任者から具体的指示を受けて被告会社のために加害車を加古川の作業現場まで運転していたのにすぎず、加害車を私用に使つたこともなかつたから、加害車につき独立の運行支配、運行利益を有していなかつた。しかも本件事故当日、加害車を運転していたのは被告会社の従業員の山下勝久と被告木下であり、被告前田は加害車を運転していない。また、被告木下は、被告前田が酔つた勢いで友達の所へ飲みに行こうと言つて木下方を飛び出したのを心配して、自らすすんで好意的に被告前田を同乗させて加害車を運転したものであつて、被告前田が被告木下に運転するよう指示したものではなく、また被告前田は事故発生時まで助手席でうとうとしていたものであるから、加害車の運転には被告前田の意思、要求が全く入つておらず、結局被告前田は加害車に対する運行支配、運行利益を有せず、被告木下の不法運転を幇助したこともなかつた。

3  被告会社

被告前田は被告会社の下請業者の被用者であり、被告木下は被告会社と全く関係がなく、両名とも被告会社の従業員ではない。本件事故は、被告会社の従業員でない被告前田、同木下両名が、被告会社の許可を得ず無断で加害車を盗用し、飲酒遊びのための運行中に生じたものであり、被告会社のための運行中の事故ではないから、被告会社には自賠法三条および民法七一五条の責任はない。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生について

請求原因1、(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、同(五)の事実は、原告らと被告木下、被告会社間において争いがない。

第二事故に至るまでの経過および事故の態様等について

被告前田は事故の態様を争い、また被告らは責任原因を争うので、加害車の運行状態、事故に至るまでの経過、および事故の態様につき併せて判断する。

その方式おびよ趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

一  被告会社は、タイル工事の施工を業としているものであるところ、受取制の下請職人を含めて一〇ないし一二人の従業員を使用し、加害車を含め三台位の自動車を所有してこれを業務用に使用していた。被告会社は大阪市此花区の肩書住所地に本店事務所を置き、本件事故当時、兵庫県加古川市に作業現場を持つていたが、加害車は主として加古川の作業現場に置いておき、これを被告会社の従業員に保管させ、仕事の必要に応じこれを運転させて同現場における材料運般等の業務に使用し、そのほか同現場と大阪の被告会社との間の従業員等の往復運搬の業務にも使用していた。

二  被告前田は、被告会社代表者の甥であつて、被告会社近くのアパートに住み、事故の約一年前から被告会社の受取制の下請タイル職人(形式上は出来高払の下請負人であつたが、被告会社に専属し終始その指揮監督を受け実質上は雇傭契約に基く従業員と異ならなかつた。)として加古川の作業現場で働いていたものであるが、本件事故までに少なくとも数回は被告会社の業務のために加害車を運転して被告会社と加古川の作業現場との間を往復したことがあるほか、他の従業員とともに右作業現場で加害車を運転して使用していた。

三  山下勝久は、被告会社代表者の親戚であつて、事故の約一月前から応援のタイル職人として被告会社に雇われ、加古川の作業現場で働き、被告会社の業務のために被告会社所有の自動車の運転もしていた。そして、事故当日の昭和四六年一〇月二四日被告前田と山下は、加古川の作業現場での仕事を終えたのち、加古川から山下が運転する加害車で同日午後五時三〇分頃大阪市此花区所在の被告会社前まで帰つて来て、被告前田は帰途の高速道路料金を被告会社の従業員から受け取つた。それから被告前田と山下は、被告前田の知人や山下の弟などが住んでいるアパートへ加害車に乗つて遊びに行くことになり、被告会社に無断で一時的に加害車を右両名が共同で私用に使う目的で山下が加害車を運転し被告前田がこれに乗り込んで被告会社から約一粁離れたアパートに赴いた。そして同所で右両名の知人である被告木下に会い、同日午後六時三〇分頃から被告前田、同木下、山下の三人でウイスキー、酒を飲み、三〇分位後からは山下の弟も加つて四人で飲んでいたが、同日午後九時頃に至り、酒に酔つた勢いから被告前田が自分の右手首を切る自傷行為をしたため、他の三人が近くの医院に連れて行き、治療を受けた後、三〇分位して前記アパートの玄関先まで帰つてきた。

四  ところが被告前田が突然道路に走り出て、前記アパートの前に駐車してあつた加害車の方に近づき、住吉区に住む友人の宮河方に行こうとしたので、被告木下は被告前田が酔つているうえ右手首を自傷していることを心配し、被告前田を制止したのであるが、被告前田がどうしても行くと言い張るので、被告木下はやむをえず、自らも飲酒して酔つていることを知りながら、被告前田に代つて加害車を運転して宮河方に被告前田を送つていつてやろうと思い、酔つたため弟方に泊まろうとしていた山下から加害車のキーを受け取り、加害車の運転席に乗車し、被告前田も助手席に乗り込んだうえ、被告木下が被告前田のために加害車を運転して住吉区の方へ向つて出発した。

五  このようにして加害車は、阪神高速道路に入り西大阪線を南下したが、被告前田は途中で宮河方に行くための出口をつい通り過ぎたため、被告前田の堺市の親元まで行こうと考え、被告木下にその意向を伝えたところ、被告木下はこれを了解して被告前田の意向に従い加害車をそのまま運転して同高速道路大阪堺線に入り、これを南下して前同日午後一〇時頃本件事故現場にさしかかつたが、その頃には、被告前田は眠気のため助手席でうとうとしていた。

六  本件事故現場は、ほぼ南北に走る右高速道路大阪堺線堺市方面行道路上にあつて、右道路は幅員八米で、三・四米の車線が二車線設けられており、道路左端(東側)の本件事故現場には幅員四米、長さ約三二・七米の非常駐車帯が設けられていた。(非常駐車帯の南北両端は幅員四米から徐々に狭くなり幅員〇・九米の路側帯へとつながつている。)

七  被告木下は、加害車を運転して右道路の左側(東側)車線を時速約六〇粁で南進していたが、酒酔運転のため前方注視やハンドル操作がおろそかになつたため、自車が左方へ逸走し、道路左側の非常駐車帯へ進入しつつあるのに気付かず、衝突地点手前約六・五米の地点に至つてはじめて、自車の逸走に気付くと共に、折から衝突地点に停車していた普通乗用自動車(被害車)を認めたが、既に至近距離に迫つていたため回避措置をとる暇もなく、即時被害車の右後部に加害車の左前部を衝突させ、かつ被害車の右後部附近に立つて被害車を調整していた亡泰一郎を被害車と加害車の間に挾撃したうえ被害車の右側面を通過し、道路東側の側壁に衝突して停車した。

八  亡泰一郎は、普通乗用自動車(前記被害車)を右非常駐車帯の東端に寄せて、その南から三分の一位の所に駐車させ、その右後部附近に立つて被害車を調整中、前記のように加害車に衝突されたうえ同車と被害車に挾撃され、内臓破裂等により即死した。

以上の事実を認めることができる。被告木下は、本件事故発生の原因は被告前田が事故直前にハンドルを左に切つたためである旨主張し、〔証拠略〕の中には右主張に副う部分もあるが、前掲の他の証拠と対比してにわかに措信することができない。また前記の認定に反する〔証拠略〕の一部は採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

第三責任原因について

一  被告木下

前記第二認定の事実によれば、被告木下は飲酒して酒酔のため正常な運転ができないおそれのある状態となつていたのであるから、自動車の運転を厳に差し控えるべき注意義務があるのに、これを怠つて加害車を運転した過失により、酒酔運転のため前方注視やハンドル操作がおろそかになつた結果、本件事故を発生させたものと認められるから、被告木下は民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。なお、被告木下は本件事故発生の原因が被告前田にある旨主張するが、この主張が認められないことは前示のとおりである。

二  被告前田

原告らは、被告前田も加害車の運行供用者であると主張し、被告前田はこれを争うので、この点につき判断する。自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者以外の者でも、自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)となり得ることは論を待たないところであるが、所有者その他自動車を使用する権利を有する者については、その運行支配を喪失した場合の如き特段の事情が認められない限り運行供用者責任があると認めるのが相当であるのに反し、所有者その他自動車を使用する権利を有する者以外の者については、その者に自動車の運行支配、運行利益が属しているかどうかを指標として、運行供用者であるか否かを決すべきものである。

そこで、本件について、まず被告前田が加害車の所有者その他これを使用する権利を有する者であるかどうかを考えるに、被告前田が加害車の所有者でないことは前記認定のとおりであるところ、原告らは、被告前田が加害車を日常社用および私用に被告会社の許可を得て使用していた旨主張するのであるが、前記第二の一、二認定のとおり、被告会社は被告前田ら従業員に対し加害車を会社の業務に使用させていた事実が認められるので、被告前田も被告会社の業務の執行に関する限り加害車の使用を許されていたものと認められるけれども、これ以上に、被告前田が私用についてまで加害車の使用を許されていたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。そして、被告前田が従業員として被告会社の業務の執行のために加害車を運行している限りにおいては被告会社が運行供用者となり、従業員たる被告前田は独立した運行供用者とはなりえないものというべきである。

しかしながら、一般に、自動車の保有者たる会社の従業員が、会社の業務以外で会社に無断で私用のため自動車を運行した場合、会社の運行供用者責任の成否とは別に、その従業員もまた独立して運行供用者となりうる余地があるものと解すべきである。何となれば、会社の従業員といえども、自動車を専ら自己の利益のために私用で用い、一時的にせよ自動車を自己の支配と管理下においている以上、会社とは独立して自動車についての運行支配、運行利益を有するものと認めて差支えないからである。

以上の観点に立つて被告前田の運行供用者責任の成否について判断するに、前記認定の事実によれば、被告前田と山下は、本件事故当日の午後五時三〇分過頃から被告会社に無断で加害車を私用に供しはじめたのであるが、右両名は共に被告会社の従業員であつて会社の業務執行の範囲内でかねて加害車の運転を許容されていたものであること、右両名はその知人や弟の住でいるアパートへ遊びに行くため加害車を利用したのであつて、その運行は会社のためではなく専ら右両名の個人的利益のためのものであること、右私用運行に関する限り右両名がその行先や使用、管理方法等について決定権をもち、その意味で一時的にせよ加害車を支配、管理していたこと、右運行にあたり具体的には山下が加害車を運転し被告前田はこれに同乗したのであるが、右両名は加害車を共同して私用に用いたものであつて、共通の利益と共同の支配のもとに運行していたものであり、その運行の支配および利益の享受の度合は、右両名の間で格別差等がなかつたこと、などの事実が認められ、これらの事実を総合すると、被告前田は被告会社出発以後の右私用運行に関する限り、山下と共に加害車の運行供用者たるの地位にあつたものと認められる。更に前認定の事実によれば、被告前田は、前記アパートに到着した以後においても、なお加害車を自己のために使用する意思を有していたことが明らかであり、アパートで下車した時点で運行供用者たるの地位を喪つたものとは到底認められず、またその後アパートの前から再び加害車を運行するに至つた経緯についても、被告前田が加害車で友人方へ行く旨強く言い張つたので、被告木下がやむなく被告前田に代つて加害車を運転するに至つたものであり、ことに、当初は被告前田の友人方へ行くつもりであつたのか、走行中被告前田の意向により同人の実家へ行くことになつたものであつて、アパート出発以後の加害車の運行は専ら被告前田の利益のためになされたものであり、かつその運行の支配も同被告にあつたものと認められるので、結局被告前田は被告会社を出てから本件事故発生に至るまで、終始加害車の運行供用者の地位にあつたものと認められる。もつとも、事故当時加害車を実際に運転していた者は被告木下であるけれども、前記のとおり同人は専ら被告前田のために、同被告の意向に従つて運転していたものであるから、事故発生当時の運転者が誰であるかによつて被告前田の運行供用者性が左右されるものではない。また被告木下の運転行為が、被告前田に対する好意から出たものであつたにせよ、その運行の目的と支配が専ら被告前田に存する以上、被告前田は単なる好意同乗者の地位に止まるものではなく、さらに被告前田は本件事故の直前頃には眠気のためうとうとしていたものであるが、自動車の運行供用者は常に目覚めていることを必要としないのであるから、右事実は同被告の責任に消長を来すものではない。

そうすると、被告前田は本件事故発生当時、加害車を自己のために運行の用に供していた者として、自賠法三条により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

三  被告会社

被告会社が加害車を所有していたことは当事者間に争いがない。また、前記第二の一ないし五認定の事実によれば、被告会社は加害車を業務用に使つていたところ、その業務のため加害車の使用をまかされていた従業員の一人である被告前田が、知人である被告木下の運転を介して加害車を運行中、本件事故が発生したのであるから、被告会社が事故当時加害車に対する運行支配を喪失していたと認められるような特段の事情が認められない限り、被告会社は加害車の所有者として、運行供用者責任があると考えるのが相当である。(昭和四四年九月一二日最高裁第二小法廷判決)

そこで、右のような特段の事情の有無について考えると、前記認定の事実によれば、被告前田は加害車を一時的に私用に利用する意思でこれを運行の用に供したものであつて、いずれ翌日の被告会社の業務上の使用については、従業員である被告前田が加害車を被告会社の作業現場まで持つて行き、再び被告会社のために使用することが予定されていたものと推定すべきであり、前記認定の被告会社と被告前田の関係、加害車の管理保管状況、被告前田が私用で加害車を使うに至つた経過、被告前田と事故当時加害車を運転していた被告木下との関係、事故発生に至るまでの時間的、距離的関係、私用が終つた後は当然加害車の返還が予定されていたこと等を考慮すると、被告会社は本件事故当時いまだ加害車に対する運行支配を喪失していなかつたものと認められ、従つて被告前田と重畳して、運行供用者の地位にあつたものと認めるのが相当である。よつて被告会社は自賠法三条により、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

第四損害について

一  亡泰一郎の逸失利益とその相続について

〔証拠略〕を総合すると、亡泰一郎は、事故当時三二才で、日本高分子工業株式会社に勤務し一ケ月平均八五、八〇四円を下らない給与を得ており、年間一八〇、〇〇〇円の賞与を得ることが可能であつたことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実に経験則を総合すると、亡泰一郎は、事故がなければ六三才までの三一年間は就労可能で、その間の収入は少なくとも右給与および賞与の合計額(年間一、二〇九、六四八円)を下まわることはなく、同人の生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益の現価を年毎のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると一五、五九八、〇四八円となる。

{計算式(八五、八〇四×一二+一八〇、〇〇〇)×〇・七×一八・四二一=一五、五九八、〇四八}

その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕を総合すると、原告俊美は亡泰一郎の妻であり、原告佐枝、同広之は同人の子であり、同人の相続人の全部であることが認められるので、右原告らが法定相続分の割合によつて亡泰一郎の前記逸失利益の賠償請求権を各三分の一宛相続したものと認められる。

二  原告俊美の負担した費用について

〔証拠略〕と経験則を総合すると、原告俊美は、本件事故による亡泰一郎の死亡に伴い、相当因果関係のある損害として左記の費用を要し同額の損害を受けたものと認めることができるが、これを超えるものについては認めるに足りる証拠がなく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  亡泰一郎の手術費用等 五四、二〇〇円

(二)  葬祭費 二五〇、〇〇〇円

三  慰藉料について

〔証拠略〕を総合すると、原告菊枝は亡泰一郎の母であることが認められる。そして、以上認定の本件事故の態様、亡泰一郎の死亡の事実、亡泰一郎と原告らの身分関係等諸般の事情を考慮すると、原告らが本件事故によつて受けた精神的損害に対する慰藉料額は、原告俊美、同佐枝、同広之につき各一、四〇〇、〇〇〇円、原告菊枝につき五〇〇、〇〇〇円を相当とすると認められる。

第五損害の填補について

請求原因4の事実は原告らの自認するところであるので、その範囲内において原告らの損害は填補されたものと認められる。そうすると、原告らの損害残額は原告俊美につき五、〇七二、四八三円、原告佐枝、同広之につき各四、七六八、二八三円、原告菊枝につき五〇〇、〇〇〇円となる。

{計算式 原告俊美(一五、五九八、〇四八÷三)+五四、二〇〇+二五〇、〇〇〇+一、四〇〇、〇〇〇-一、八三一、〇六六=五、〇七二、四八三 原告佐枝、同広之(一五、五九八、〇四八÷三)+一、四〇〇、〇〇〇-一、八三一、〇六六=四、七六八、二八三}

第六弁護士費用について

本件事案の性質、審理の経過および認容額に照らし、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用額は、原告俊美、同佐枝、同広之につき各一〇〇、〇〇〇円、原告菊枝につき五〇、〇〇〇円を相当とすると認められる。

第七結論

以上のとおり、被告ら各自に対する原告らの本訴請求は、原告俊美につき前記損害残額と弁護士費用の合計五、一七二、四八三円、およびこれから弁護士費用を除く五、〇七二、四八三円に対する本件不法行為の日の後である昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の、原告佐枝、同広之につき前同様に各四、八六八、二八三円、およびうち四、七六八、二八三円に対する前同様の遅延損害金の、原告菊枝につき前同様に五五〇、〇〇〇円、およびうち五〇〇、〇〇〇円に対する前同様の遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 小田泰機 菅英昇)

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